why me? 始動


why me? 企画が始動した。

場所も人も押さえ、お客さんも招いている。
(ありがたい事にチケットの売れ方が早い)

ぼく自身がコロナに感染しない限りは上演を行う方向で考えている。
感染防止の対策ももちろん万全に行う予定だ。

インプロの父であるキース・ジョンストンは、馬鹿馬鹿しいという理由でほとんどのインプロショーは見ないらしい。ただし、見るに値するパフォーマンスの場合には足を運ぶのだと。

ぼくの師である今井純氏はキースにインプロのベースを学んだ。
つまり、キースからするとぼくは孫弟子的なポジションだ。

ぼくは彼のワークショップを受けた回数は数えるほどしかないし、彼からすると「NAGASAWA…??  I don’t know… I’ve never seen…」的な存在だろうが、それでもやはり、彼を楽しませられるかどうかは一つの基準であるように感じる。

彼が客席に座ったとして、満足してくれるパフォーマンスができるかどうか。
それは、小手先のテクニックで逃げるのではなく正面からチャレンジしているかどうかが肝な気がする。

この情勢にも関わらず足を運んで見にきてくれるお客さんのためにも、逃げずに勝負したいと思った。

 


なぜ今やるのか


芝居を行う各方面で、オンラインでの公演形態が主流になっていくなか、なぜ今オフラインでやるのか。

理由は2つ。

まず、自分の「やりたい」という欲望に抗えなかったこと。
コロナが世界を襲ったことで、ぼくとしては “死” というものを以前よりずっと身近に感じるようになった。
人は遅かれ早かれ、必ず死ぬ。と思ってはいたものの、やはり存在を近くに感じてしまうと、人生においてまだまだやりとげていない事があると気づく。
来年死ぬかもしれない。今年死ぬかもしれない。
じゃあ死ぬ前にやる事やっとかんと!
てなもんである。
即興芝居のチャレンジをぼくはまだまだ満足にできていない。

もう1つの理由は、先の見えないコロナの影響で、娯楽を欲している人がいるという事。
かつて「衣食住が揃ってるだけで生きていられるんだから、贅沢は言ったらあかんよ」的な事を言った哲学者が、どっかの学派に叩かれまくったらしい(すべてうろ覚え…)。

生きている限りはその人生の価値を高めたいというのは誰だって思うはずだ。

ではこのコロナ禍はどうだろう。
外出も控え、人と会うことも控え、ただただ嵐が過ぎるのを待つ今は、誰にとっての喜びなのだろうか。
先の見えないトンネルの中で、か細くも一条の光たりえたらというおこがましい想いがぼくの背中を押した。

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