本を読む


竹山道雄 作『ビルマの竪琴』を読んだ。

この作品はぼくの小学校だか中学校だかの教科書にも載っており、ぼくの本棚にずいぶん昔から並んでいる本の一冊だ。

あまりにも有名な「水島、一緒に日本に帰ろう」のセリフは、酒の席の絶妙なタイミングで入れると、笑いを取れるわ知識人だと思われるわで一石二鳥が狙えるものである。

このタイミングであらためて読み直した理由は、
なんか文字が大きくて読んでて疲れなさそうだったからだ。

 


あらすじ


この作品は第二次世界大戦時のビルマが舞台であり、
音楽を愛する日本兵の小隊に焦点を当て物語は進む。

どんな物語でも、読者の興味を牽引するのは謎であり緊張感である。

この作品の謎は
「水島(竪琴がめちゃくちゃ上手な日本兵)にそっくりなあの僧は、本当は水島なのではないか。
水島だとしたらなぜ我々に合流せず、本物の僧のように振る舞っているのか。」
というシンプルなものだ。

読者としても確信は持てないものの
「この僧って、多分水島なんだよな…?」
と7〜8割程度の推測に留めさせられている。
(少なくともぼくはそうだった。読むの初めてじゃないのに)

物語は進み、後半ではこの僧はやはり水島だと明らかになる。
まぁこれに対しては正直、「だよね」ぐらいの気持ちで読み進められる。どんでん返し度は皆無だ。

問題は2点目の
「水島はなぜ他の日本兵に合流せずに、僧のように振る舞っているのか。」
という事だ。

ここがクライマックスだ。

この先の展開を話すと、これから読む人・今まさに読んでいる人の興を削いでしまうので省くが、この理由がこの作品の肝となる部分だ。

 


インプロに例える


ここでインプロの話に結びつけるのだが、
即興で物語を創る際、
「なんで?」という質問に答えなければならなくなる時が多々ある。

例えば、
「お前が好きだ」と思い切って気持ちを告白した相手役から「なんで?」とそっけなく応えられた時。

この時、「なんとなく」とか「元カノに似てる」とか雑な理由にしてしまうと、観客の興味が一気に萎む。

インプロを初めて経験が浅い時は
「アイデアなんてなんでもいいんだよ」と教えられる。ぼくもそう習った。
それは、初心者は自分のアイデアを出す事自体に抵抗を感じているためである。
まずはその壁を取り除こうね、そのためにはアイデアなんて何でもいいからね、という事だ。

だが、お客さんからお金と時間をいただいて行う以上は、いつまでも初心者気分のままではいけないのだと思う。

正直、今日のブログはビルマの竪琴からインプロへの流れが無理やりすぎるなぁと我ながら思う。
「なんでこんなつなげ方した?」と誰かに聞かれたら困る。とても困る。

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