パン屋前のはぐれメタル
最寄り駅までの道路に、座り込んでアコースティックギターを弾いているおじさんが何日かに1度現れる、
その人は遭遇する度にいつもパン屋に面する道路にドカッと腰を下ろし「春のうららの隅田川〜」と気持ちよさそうに歌っている。
決して上手ではないというかむしろ下手の部類に属するし、かと言って見ていて微笑ましいわけでもないし、応援する気持ちも沸き上がってきたりなどしない。
ハートフルな気持ちには一切させてくれないおじさんである。
はぐれメタルばりの出現率だが、駅まで行くにはどうしてもその男性の視界を横切らなければならない。
その時必ず声をかけられる。
「お兄さん! なんかリクエストない?」
勇気を以て勇気に報ゆ
言わずもがなだが、現代では手持ちのスマホで聴きたい曲を聴きたい時に聴ける。
このはぐれメタルもそれを知らないわけではないだろうに、それを差し置いてぼくに歌ってくれようとしてくれているのだ。
これを勇気と呼ばずして何と呼ぼう。
ぼくは乗る電車を1本遅らせる事にした。
「あ、あいみょんとかでもいいんですか…?」
「何? 何みょん?」
「あいみょんです」
「知らねえなぁ。…隅田川でもいい?」
こうしてぼくはおじさんの歌う隅田川を聞かされた。
滑舌はとてもよかった。