長風呂
ぼくは風呂が長い。
1時間は平気で入る。
ぼくの長風呂は今に始まった事ではない。
幼少期からそうであった。
ぼくの家族は両親と姉3人の6人家族で構成されており、
父以外は皆、長風呂であった。
母や姉の影響からぼくは、風呂は長く入るものだと刷り込まれた。
が、ぼくと姉たちでは決定的に異なる点があった。
それは、長風呂の時間をどのように過ごすのかという事だ。
ぼくは浴室によく本を持ち込んだ。
それは週刊少年ジャンプであったり、ゲームの攻略本であったりと様々である。
そしてそれにも飽きると歌った。浴室というのは歌声がよく響き、自分が実力以上の歌い手になった気分に浸る事ができた。
「おどるポンポコリン」の熱唱で興が乗ってきた時に、換気窓から、当時大学受験を控えていたお隣さんの娘さんが「長澤さん、うるさいですよ」と小学生のぼくに殺意を剥き出しにしてきた事も含めていい思い出である。
一方、母や姉は長い風呂の時間をどのように過ごしていたのだろうか。
書物を持ち込んでいた形跡は無いし、歌声が聞こえた事もない。
にもかかわらず、平気で1時間は風呂に入っていた。
一人暮らしをするようになってずーっと悶々と抱えていたこの疑問がここ最近、スゥーっと溶けた。
ヒントはT字剃刀であった。
大切な事は剃刀がすべて教えてくれる
今思えば、我が家の風呂には何本ものT字剃刀が常備されていた(当時のぼくには何に使うかも知れない代物であった)。
今はテレビCMでも流れるほど一般的となった「ムダ毛処理」だが、当時はそのようなものは存在していなかった。なにしろ熊本という田舎である。人口より乳牛の頭数が多い場所にそのようなサービスの需要はない。
しかし姉たちも色を知る年齢だ。
自分でやるしかなかったのだろう。
そしてぼくの姉であるという事は当然、多くて硬い体毛であり、幾つものT字剃刀が刃こぼれしたに違いない。
泣く泣く剃った日もあったろう。
剃刀負けした夜もあったろう。
「なんかお前の肌チクチクするね」と彼氏に言われ、「あー静電気かな。ウケるね!」と誤魔化した夜もあったろう。
それでも彼女たちは剃り続けた。剃って剃って剃り続けたのだ。そりゃ1時間はあっという間に経つだろう。
涙ぐましい努力をした姉たちにぼくは今、敬意を払う。
ちなみにぼくは小学生高学年の頃にT字剃刀の使用用途を知った。
同級生と比べてすね毛が異常に濃い事にコンプレックスを抱いていたぼくは、姉に「それですね毛を剃ってよ! 剃ってくれないなら死ぬ!」と脅した経験を持つ、筋金入りのワルである。
『why me?』vol.2まであと138日