傾きが発見される
診察台に寝かされ、山本先生の触診が始まった。
ぼくの身体をいろいろ動かしていくうち、「ふむ」とか「なるほど」と何かを一つずつ紐解いているかのようだ。
5分ほど経った頃だろうか。
山本先生はこう言った。
「長澤さん、からだが右に傾いてますね。ちょっとベッドから降りてこちらの姿見の前に立ってください。」
言われるがまま姿見の前に立つと、先生はこう続けた。
「ほら、右肩が下がってるのわかります?」
言われてみればたしかにぼくの両肩のラインが地面と水平ではないように見えた。が、これに何の意味があるのだろう。
曖昧に頷くぼくを見て山本先生は「では、ベッドにまた寝てください。」と促した。
診察台のことをベッドと呼ぶ山本先生に、今から不穏な展開になっていくのではないかと思ったが、2秒後には自分がAVの見過ぎである事を反省した。
傾きが改善される
山本先生の施術はそこから40分弱行われた。
「痛くないですか?」
「捻りますよ」
「息吐いてくださいね」
などと、不安でたくさんの患者の心を慮ってくれている。
ただ、「さっきと違いわかります?」と問われ
「いや、すみません。わからないです」と答えたぼくに対して
「さすがっすね」と言われるのには閉口した。
何がさすがなんだろう。
これはひょっとしてバカにされているのではないかという捻くれた気持ちがムクリムクリと育ち、いつかボコボコにしなければならない人物のリストにあの外科医の名前の下に “山本” と書き記した。
そして40分後。
そこには診察台に寝そべるぼくと、施術を終えてどこか満足げな山本先生がそこにいた。
額に汗を光らせながら「やったったぜ・・・!」と達成感を感じていらっしゃる山本先生を横目にぼくは不安と闘っていた。なぜなら、まだ痛みがちっとも消えていないからである。
まさかこれで終わるのか。
そんなぼくの気持ちを知ってか知らずか、山本先生はこう言った。
「では長澤さん、ベッドを降りて姿見の前に立ってもらえますか?」
ぼくは言われるがまま姿見の前に立つ。
鏡に映るのは、この瞬間も必死に痛みに耐えて歪む自分の顔だ。
山本先生はこう言う。
「どうです? だいぶ傾き治ったでしょう?」
「え?」
「ほら、肩のライン、地面と比べて平行になってません?」
痛みを取り除いてもらいに行った整骨院で、
ぼくは体の傾きを治されて家路についた。
ぼくは家に帰るなり、すぐにリストの一番上に “山本” とあらためて書いた。
そこから1週間経ち、2週間経ち、まったく痛みがひかなかったので別の整骨院に行った。すると少しずつ良くなり、退院する間際になぜかもらったQUOカードであった。